[0]五月二十四日

 夕暮れの街。ひっきりなしに車が通る大きな道路の上に架かった歩道橋。急な階段のせいでほとんど利用者のいないその橋の上を、一組の少年と少女が手を繋いで歩いている。仲むつまじく話し、笑いあう二人の姿は、まさに幸せそのものだ。そんな二人に話しかけながら、前方から中年の男が近づいてきた。穏やかな笑みを浮かべた男は、丁寧な口調で二人に何事かを伝える。二人は、男と二、三言葉を交わすと、会釈をしてすれ違って行った。そしてその数秒後、男は背後から再び二人を呼び止める。振り返った二人の目に映ったのは、自分達に向けて弾丸の如く投じられた一本のナイフ。少年は咄嗟に少女を突き飛ばし、彼女を庇った。少年の右腕にナイフが深く突き刺さる。少年はコンクリートの地面に倒れこみ、喉が張り裂けんばかりに悲鳴を上げたが、彼らの下を行き交う車の音は彼の声を無残にもかき消してしまう。男は、そんな彼の様子を満面の笑みで見つめていた。しかし、今の男には先程までの穏やかな様子は微塵も残っておらず、その笑みは狂人のソレと化していた。男はしばらく少年の苦痛に悶える様子を眺めていたが、スーツの中から2本目のナイフを取り出すと、さらにその笑みを深くした。男は少女の方へ向き直ると、その一瞬一瞬を楽しむかのようにしてゆっくりと近づいてゆく。少女は少年に突き飛ばされた時に頭を強く打って気絶していた。男は少女の傍にしゃがみ込むと、少女の衣服をナイフで引き裂き始めた。少女の肢体が露わになり、白い素肌を夕日がオレンジ色に染める。少年は左手を少女に向けて延ばし、必死に少女の名を叫んでいる。男のナイフを逆手に握り直すと、少女の両の太腿を立て続けに突き刺した。鮮やかな赤色の血液が傷口から噴き出し、少女の意識が急速に覚醒へと向かう。しかし、少女が目覚めるよりもさらに速く、男の全身は少女の血液で真紅に染まっていく。少年は無我夢中で叫び続けた。少女の体には幾度もナイフが突き立てられ、少女の体から噴き出す血は既に勢いを失っている。少女の命は、まさにこの瞬間に燃え尽きようとしていた。そして、少女の肉体が生命活動が停止してから、魂が肉体を離れるあまりにも僅かな瞬間。もはや叫ぶことすら出来ず、意識を失いかけていても、懸命に少女の名を呼ぶ少年の掠れた声は、確かに彼女の心へと届いた。


進む→
表紙に戻る