〜2〜
山の上の小さな公園。この場所からは僕が住んでいる村を一望することができる。僕はここから見る夕日が好きだった。景色が全て赤く染まっているのを見ると、嫌なことも悲しいことも全部忘れることができた。僕がまだ中学生だった一年前。僕は毎日のように幼馴染みの女の子と一緒にこの場所に夕日を見に来ていた。その女の子は全寮制の高校に入り、僕達は卒業してから一度も会っていない。それ以来、僕はなんとなくこの場所に来なくなっていたけれど、今日から数日間の間彼女が里帰りするらしく、僕たちはこの場所で夕日を見る約束をした。約束の時間は4時半。ところが、時計の針は既に6時を回って、太陽は半分ほど沈んでしまっている。
「遅いなぁ…」
まさか忘れてしまったのだろうか。それともなにか事故でもあったのだろうか。不吉なことが頭をよぎる。不安はどんどん肥大していき、僕は頭を振ってそれを振り払おうとする。
その時、後ろでガサガサと草の揺れる音がした。狸でも下りてきたのだろう。僕は彼女が来るであろう駅からの道をずっと眺めている。
「うわ!!」
何か重いものが倒れるドサっと言う音と、木を無理矢理へし折るベキバキと言う音。そして、誰かの―――おそらくは女の子の焦りと驚きの混じった短い悲鳴。僕はゆっくり後ろを振り返る。その狸は、パンパンに膨らんだスポーツバッグを抱えて坂を下りようとして、足を滑らせて転んだ少し間抜けな女の子の姿をしていた。狸と目が合う。僕があっけにとられて黙っていると、その狸は流暢な日本語で僕に話しかけた。
「いや、あの、ほら、久々に会う女の子が何故か山の上の方から現れたらビックリするかな〜っと思って、ビックリさせようと思ったのよ、うん。決して道に迷って頂上まで登ってしまったとかそういうわけじゃないのよ?」
顔を真っ赤にして弁解する狸。僕は狸の前まで歩いていき、ちょっと意地悪な笑い方をする。
「その前に何か言うことを忘れてるんじゃないかな?」
「うぅ……遅れてゴメンナサイ…」
「はいよくできました」
シュンとする狸に手を貸して立ち上がらせる。太陽はほとんど沈んでしまっているけど、なんとか夕日には間に合った。都会の学校に行って故郷から長く離れていても、彼女は僕の知っている彼女、スポーツ万能のくせによく転び、その度に赤面して言い訳をするドジで意地っ張りな彼女のままだった。僕たちは夕焼け空が終わってもそこに残り、夜空の星を少しの間だけ見ていた。
「そろそろ帰ろうか、まだ家にも行ってないんだろ」
「あ、いっけない! 早く帰らないとせっかくのご馳走が冷めちゃう!」
「じゃあ家まで競争だな、ヨーイドン!」
「あ! セコい!! せめて荷物のハンデをよこせ〜!」