[7]追手

「君は、さっきの私の話を全然信じていないのだろう?」
 愉快なショウでも見ているかのような男の笑いを、何故か蓮は不気味に感じた。なるべく感情が出ないようにして、蓮は男に言葉を反す。
「全く、というわけではありませんが、大部分についてはその通りです」
「別に気にすることは無いよ、確かに私は嘘を吐いていたのだから」
 あっさりと、男は自ら偽りを認めた。
「今度こそ本当の事を話そう。私の任務はある物を探して、処分することだ。一度は見つけたんだが、あと一歩というところで逃げられてしまった。その時のダメージで倒れてしまい、君達と出会ったのさ」
 蓮は男を睨みつける。珍しく不機嫌な彼を、香奈は意外そうに見つめていた。
「ある物とはなんですか?」
「なんなのかは分かっていない。ただ、それは世界を滅ぼしかねない力を秘めている。組織では、そういった強い力を持っている物を回収し、封印しているんだ。それらが悪用されたりすることのないようにね。因みに、さっき説明した霊の管理というのも嘘ではないよ」
 男の笑顔は崩れてはいない。しかし、男の二人に対する視線は確実に鋭さを増していた。
「と言ったところで、蓮くんは信じてなどいないのだろうね」
 男はわざとらしく溜息を吐き、両手をあげて降伏のポーズをとってみせた。その仕草はまるで道化のようである。
「蓮くん、僕の言葉はどの位嘘なのだと思う?」
「わかりません。あなたの言葉はどれも胡散臭すぎる」
「ま、君にとってはそうだろうね。でもね蓮くん、実は僕は殆ど嘘は言ってないのだよ。すこーしだけ言ってない事があるだけさ」
 男の軽口にも、蓮は反応を示さない。男は少しつまらなそうな、残念そうな表情を見せた。
「まいったね、これさえも信じてもらえないのか。もう何を言っても無駄かな?」
「名前」
 短く、呟くように答える。
「あなたの名前くらいは信じてあげますよ」
 男の表情が一瞬固まって、再び愉快そうに笑い出す。
「そうか、そういえばまだ名乗っていなかったね。改めて自己紹介しよう、僕はノーブル。一応組織ではナンバー3の位置にいるんだ」
 道化は、深くお辞儀すると窓を開けて名伏家の広い庭に出た。後ろを向いたまま、蓮達に語りかける。
「一つ忠告しておこう、今すぐ家中の窓と扉を閉めて鍵をかけたほうがいい。そして暫くは外へ出てこないように。でないと」
 ――死んじゃうよ
 その言葉と同時に、男がいた場所に大きなクレーターができた。轟音が響き渡る。床が揺れる。蓮はたまらず尻餅をついた。痛みに顔を歪めながら香奈に向かって叫ぶ。
「香奈! 窓を閉めるんだ!」
 香奈はすぐに窓を閉め、鍵をかけた。それから二人は男に言われたとおりに窓と扉に鍵をかける。再びリビングに戻って、窓から少し離れた所から庭の様子を窺う。この数分間で、先程と同じ轟音が何度か聞こえてきた。それと同じ数だけ庭にはクレーターが増えている。加えて、芝生や壁が所々黒く焦げていた。二人は唖然として庭で起きている事を眺める。二人の男が庭を縦横無尽に駆け巡り、何の前触れも無く壁や地面が抉られたり焼け焦げたりする。しばらくして、フリーズしていた頭がようやく働き始めた。これが彼の言っていた『任務』なのだ。碧眼の男――ノーブルと争っているのは、もう春だというのに薄汚れたコートを着込んでいる髭面の男。二人の動きはあまりにも速く目で追うのがやっとだったが、よく見ればクレーターと焼け焦げはそれぞれノーブルと髭面の男を狙って現れているようだ。ノーブルが叫ぶ。
「今度こそは渡してもらうぞ!」
 今までよりも広範囲に焼け焦げが広がる。同時に火花のようなものが辺りに散った。どうやら焼け焦げの正体は電撃だったらしい。地面を這う電撃を髭面の男は横方向に跳躍して避ける。
「お前達のようなペテン師集団に渡すわけにはいかん!」
 ノーブルの周りに小さなクレーターが無数に出現し、彼の動きを一瞬だけ止める。その一瞬の間に、髭面の男は長大な剣を振り下ろした。ノーブルは後方に跳び退るが、一瞬間に合わず左足に傷を負ってしまった。
「…踏み込みが浅かったか」  髭面の男がノーブルを見据えて剣を構え直す。ノーブルは顔を歪めて忌々しげに舌打ちした。
「……此処では分が悪い、退かせてもらうよ」
 そう言い残すと、ノーブルは壁を飛び越えて名伏家から去っていった。


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