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授業の終了を報せるチャイムの音で目を覚ました。これで今日の授業は全て終了。少年は軽く背伸びをして体をほぐすと、筆箱しか入っていないディパックを手に取とった。
「水司くん、今日HRの日だよ?」
クラスメイトの女子に「知ってる」とだけ告げて、水司 雫(みつかさ しずく)はA組の教室から出て、廊下の逆端に位置するF組の教室に向かった。F組の窓側最後尾の席には、案の定机に突っ伏して寝ている友人の姿があった。
「起きろジョージ」
返事は無い。付き合いの長い雫は、この友人がその程度では目を覚まさないことなどとうに知っていた。知っていたが、雫はその律儀な性格のために一応声をかけておかなければ気がすまないのだ。ただし、彼は律儀なだけでなく短気でもある。一度声をかけて起きない相手には一切容赦はしない。おもむろにジョージの首を掴むと、体を机から引き剥がして床に投げ捨てた。一度眉がピクッと動いたが、彼は床に横たわったまま睡眠を続行した。その腹を雫の右足が襲う。重い音と共にジョージの体が一瞬浮いた。もうすっかり慣れていたF組の生徒だったが、これには少々驚いている。さすがに効いたのか、ジョージがむくりと起き上がった。が、その顔はまだ寝ぼけていて、今にも二度寝を始めそうである。雫はジョージの頭にチョップを見舞った。その衝撃でようやく少年は目覚めたようだ。
「よう」
雫は端的に挨拶をした。ジョージもそれに答える。
「おはよう雫。起こしてくれるのはありがたいんが今日のはいささか強烈すぎないか?」
「そんなことはない、いつもと同じだ。それよりさっさと支度をしろ、HRが始まっちまう」
そうか、と答えてジョージは立ち上がる。雫同様ほとんど中身の入っていないショルダーバッグを持って、二人はF組を後にした。廊下に出ると、少し離れたところで他の生徒と話していた女性徒がこちらに気付いて駆け寄ってきた。
「悪いな、待たせちまって」
雫は彼女がほんの数分待たされたことなど気にしないのを承知の上で謝罪する。繰り返すが、彼は律儀なのだ。頭を下げる雫に女生徒――薫風 楓(いさかぜ かえで)は笑顔で返した。
「別にいいよー、良次のネボスケぶりは今に始まったことじゃないし」
ジョージこと社 良次(やしろ よしつぐ)はまぁな、とばかりに胸を反らした。
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