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その態度に雫はやれやれとばかりにため息を一つ付き、気を取り直して言った。
「それよりも楓、今日はどこに出たんだ?」
その言葉で、楓も表情を引き締めた。そして、ポケットからいかにも女の子向けの可愛らしい手帳を取り出して、パラパラめくると、
「うんとね、隣町の駅前。結構人通りもあるところで、もう二人も襲われてるみたい」
と答えた。その返答に雫は顔を顰めた。
「駅前か・・・また大胆に出たな」
「しかも、どうやらPKみたいなの」
楓の言葉で雫の顔は更に険しくなった。
「それじゃあ、その襲われてた二人ってのは」
「どちらも能力持ち。多分、"狩る"つもりだったんでしょうね」
「それが、逆に二人まとめて返り討ちと。自業自得だな」
それまで、黙っていたジョージが口を開くと、雫が
「だからって、このままほっとくわけにもいかないだろ?」
と切り返し、それで話は纏って――元々三人ともほっとく気は更々なかったが、三人は廊下を玄関の方に歩き出した。
「早くしないと、遅くなっちゃうわ。今日はHR後に委員会もあるのよ」
HRに向けて教室に戻る生徒の中を逆に歩きながら楓が言った。彼女はクラス委員もしている優等生なのだ。もっとも、誰もやりたがらなかった仕事を押し付けられただけだったが。
「何とかなるだろう」
と一番呑気なジョージがそういった時、三人の前に一人の女子生徒が立ちはだかった。
「君たち、何処に行く気ですか?これから、HRが始まりますよ?」
眼鏡を掛けたおさげ髪、スカートの丈が校則と一寸たりとも違わない、正に風紀委員という姿が三人の行く手を阻んだ。そして、その通り腕には風紀委員の腕章が付いており、彼女が校内で最も恐れられ、嫌われている風紀委員であることを示していた。彼女は塩原 智子(しおばら ともこ)で、校内で、もはや建前と化した校則を徹底的に見直して、独自の力で風紀委員を校内で最も恐れられている団体へと作り変えた現風紀委員長に直々にスカウトされた人材である。頭は校内一固いと専らの評判であったが、しかし、委員長と違って彼女はどこか弄られキャラの空気を持っていた。雫と楓は黙って目を合わせて頷くと、わけが分かっていないジョージに同時に攻撃をしかけた。楓は当て身で、雫は延髄刈りをそれぞれジョージに食らわすと、突然の暴行に驚く暇もなく――勿論抵抗する暇もなく、ジョージはうな垂れて気を失った。それを咄嗟に雫が支えると、二人の暴行が見えなかった風紀委員の塩原に楓は笑顔でさらりと、
「社くんの気分が悪いそうなの。ちょっと、保健室に連れて行くわ」
と嘯いた。
「そうですか。しかし、どうしてクラスの違う薫風さんが連れて行っているのです?それに、そこの水司くんはなんだか帰る気満々な気がするような格好なのですが」
さすがにちょっと強引だったのか、塩原は不審な顔で突っ込んだが、
「偶々そこで気分が悪そうな社くんとそれを介抱していた水司くんに会ったから、一人じゃ大変だから、一緒に手伝ってあげようと思っただけよ。困った人を助けるのもクラス委員の勤めでしょ?」
楓は笑顔でさらに強引に押し切った。
「それよりあなたこそ早く教室に戻らないとHRに遅刻するわよ」
「あ、いけないです。HRに遅刻してしまう」
と、楓がふと気づいたように言うと、論点を摺りかえられたことに気づかず、驚きの声を上げて、塩原は教室に戻っていった。残された二人はふぅとため息を付くと、まだ気を失ったままのジョージを引きずって学校を出た。
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