[5]
怪しい店での話の後、雫たちは光影を連れて学校に戻った。学校最寄りの駅に着くと、委員会に遅刻しそうな楓は全力疾走で、残された三人はのんびりとあるいてそれぞれ学校へ向かった。その道中、学校の近くにある土手まで来たところで、光影が雫にある提案をした。
「雫さん、俺と試合してくれませんか?」
「断る」
 即答。雫の返答は簡潔かつ明瞭なものだったが、光影はその言葉を理解するのに多少の時間を要した。
「…ちょ、ちょっとくらい考えてくれてもいいじゃないっすか」
「嫌だ」
「お願いします、どうしても戦いたいんす」
「他をあたれ」
「雫さんじゃなきゃだめなんっすよ」
「じゃあ諦めろ」
「諦めません」
「諦めろ」
「諦めません」
「しつこい」
「後生っすから〜」
「人生を棒に振らないほうがいいぞ」
「じゃあこうしましょう! 俺が負けたら何でも言うこと聞きます!」
「いらん」
 お互いに譲らないまま時間だけが過ぎ、遂に雫が根負けした。
「仕方ない、体で分からせてやるよ」
 長い嘆息の後、雫は光影に一つの条件を提示した。
「賭けをしよう。初撃を避ければ俺の勝ち、当てれたならお前の勝ち。敗者は勝者の命令を聞く。お前がさっき言ったことだ、異論は無いな?」
 そう言って、雫は両手をどうぞご自由にとばかりに軽く横に広げた。素人目に見れば挑発しているようなポーズだが、光影にはそれが彼のスタイルなのだと理解できた。光影は無言で頷き構えをとる。
「じゃあさっさとやれ。蹴りでも拳でもなんでもいい」
 雫の言葉と同時に光影が踏み込んだ。一瞬で間合いを詰め、拳を大きく引く。モーションが大き過ぎる。これなら軽く身をずらすだけでかわせるだろう。光影の右ストレートが雫の顔面に放たれ、雫はそれをスウェーバックで避ける―――かに見えた。光影の右拳は雫の顔ではなくより下方、自身の左大腿の横に向けて振り下ろされた。その勢いを殺さぬまま左足で地を蹴る。同時に右足を振り上げ、全身の捻りを加えた浴びせ蹴りが雫を襲った。雫は驚愕しながらも全神経を足に集中し、身を低くして左に跳んだ。光影は器用に右足で着地し、雫は2度ほど地面を転がって体制を立て直した。
「「…………」」
 お互いに睨み合った状態で動きが止まる。そして、二人はほぼ同時に強い敵と出会えた武人の笑みをこぼした。
「俺の負けっす。今の蹴り、避けたの雫さんが初めてっすよ」
 光影は悔しさ半分嬉しさ半分という様子だ。雫は
「なかなか面白い技だな、もう少し速かったら俺でも避けれなかったぞ。で、お前は何をしてるんだジョージ?」
 光影の後方、土手の斜面で柔らかい草の上に寝転がったジョージを上から睨みつける。
「なんか長くなりそうだったから、一休みしようと思ったんだが」
 不満気な目で雫を見る。
「なるほど。お前は目の前で弟弟子が親友に喧嘩を売ってるって時に自分はのんびり昼寝をしようと、そういうわけだな?」
 雫の声に静かな怒気がこもる。それに対し、ジョージは「ああ」とごく簡単な返事を返した。ゆっくりとジョージに歩み寄る雫。土手の上からおろおろと見つめる光影。雫の歩が止まり、上半身を起こしたジョージが雫を見上げる形になった。
「やめさせろよ馬鹿野郎」
雫のつま先がジョージのこめかみをえぐる。ジョージの体がごろごろと転がっていき、回転が止まってからしばらくしてもジョージはピクリとも動かなかった。雫はフンと鼻を鳴らし、踵を返す。光影は慌てて土手を駆け下り、気絶したジョージを担いで雫の後を追った。


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